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鈴木寛太さんの講演会〜在京大迫人会総会当日

2018(平成30)年
12月29日(土)
「こんな夜更けにバナナかよ」じゃなくて、
「こんな年末にブログ書くかよ!」ですね。
まだ書き残したことがあります。今年の話題は今年のうちに!
数日前に花巻市の一般社団法人花巻観光協会から書類が届きました。

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イーハトーブ花巻応援寄付金(花巻市ふるさと納税)に寄付したので、その証明書が送られてきたのです。自ら進んで「ふるさと納税」をしたのは、初めてなので、ドキドキします。
2月ごろ「返礼品」(モノガタリ通信とワイン)が届くそうで、楽しみです。
さて、10月28日。
花巻市集落支援員・鈴木寛太さんの講演会つきの
「在京大迫人会総会」当日が来ました。
トラブル続出の大変な総会でした。
事務局長の0さんが当日体調を崩して、欠席。彼は前半の司会を担当している、要の人。私が急遽代打として登板しました。
出席者も、「いわて銀河プラザ」25周年イベント(新沼謙二、大沢桃子、さわち美欧など、錚々たる歌手が出演!)と重なったせいか、他の金ケ崎などのふるさと会と重なったせいか、それとも私の作ったチラシが地味だったせいか、原因はわからないけれど、出席者は例年より少なかったのです。
プログラムは誤字脱字が多くて、ゲストの皆様には、大変失礼致しました。
でも、負け惜しみではなく、素敵な会でした。
まず、心強い助っ人がいました。娘が受付を手伝ってくれました。それに彼女に2週間ほど前、受付に飾るためのブドウのイラストを発注したら、ちゃんと描いてくれました。
↓素敵でしょう?

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長兄が来てくれて、私を励ましてくれました。
それに「噂の鈴木寛太さんの生の声を聴きたい!」と、
前日になって出席を希望された梅津興三さん(大迫の金山の歴史を研究されている)のような方もいらして、寛太さんの講演はかなり注目の的でした。
テレビドラマに例えると、その日の在京大迫人会総会は、
「視聴率は良くはないけれど、熱烈なファンのいるドラマ」
のような会だったと、私は自負してます。
そう、それは正に花巻市大迫町のイメージでもあります。
人口は1万人に満たない、電車も通っていない、岩手県のへそに位置する、山に囲まれた小さな町なのに、
優れた歴史と文化、産業を持っています。
花巻市大迫総合支所長の藤田哲司さんは、とても力強く大迫町をアピールされました。大迫の自慢や今年の行事を分かりやすくカラーコピーして配布してくださいました。

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       平成30年度 在京大迫人会 大迫の話題
   (表紙の写真は、映画「海街Diary」のロケ地 向山森林公園展望台より)
何しろ大迫町には、霊峰早池峰山(深田久弥の百名山の一つ。ハヤチネウスユキソウなど高山植物で有名)もあれば、
ユネスコ世界文化遺産に(平泉の前に!)登録された早池峰神楽もあります。
国内外のコンクールで受賞しているワインを生産している、エーデルワインと、その原料になる美味しいぶどうがあります。
株式会社エーデルワイン→https://edelwein.co.jp/
特にワインは今年花巻市の肝いりで「ワインツーリズムいわて2018」が10月14日に開催され、大迫町〜土沢〜紫波町のワイナリーを廻るコースは大人気。県内外から205名も参加されました。

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「ワインツールズムいわて2018」のチラシ↑
日経新聞の1面にも取り上げられました。↓

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  「ワインツールズムいわて2018」について書かれた箇所。
昨年、雨天にかかわらず大盛況だった、
日本ワインフェスティバル花巻・大迫2018」も、今年5月26,27日に行われました。出展ワイナリーは38社(岩手県内9,北海道1、東北7,関東2,山梨13,長野3,新潟3)
日本のワインに限ったイベントは珍しく、2日間で約5000人の人出。

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日本ワインフェスティバル花巻・大迫2018」の様子↑

花巻市大迫町は「ワインの町」として、もっと全国に知られてほしい、と同時に周辺の町もぶどうの町として、山梨のように裾野が広くなってほしいと、いつか花巻市長がおっしゃってました。
そして来年も「日本ワインフェスティバル花巻大迫おおはさま2019」が、
5月25,26日に開催されるそうです!

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お問い合わせ:日本ワインフェスティバル花巻大迫実行委員会
tel. 0198-48-2111

さて、肝心の鈴木寛太さんの講演会は、素晴らしいものでした。
有楽町でのお話より、地元大迫での活動を中心に話されました。

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JAいわて花巻の広報誌ぽらーの花巻」(2018,10月号)表紙
になった鈴木寛太さん
そもそも、東京の大田区蒲田出身の彼がなぜ大迫に?
きっかけは東日本大震災。大学生だった彼は被災地でボランティアを始め、4年間で7回も岩手を訪れました。何度も通ううちに「岩手は、いいなぁ」と感じ始めました。
一旦は東京のIT企業へ就職をしたものの「岩手」への想いがつのりました。
2015年花巻市が「地域おこし協力隊」(任期は3年)の募集を始めたので、応募したのが、出発点。
彼は会社を1年ちょっとで辞めました。
「地域おこし協力隊」としての、最初のミッションは
117戸のぶどう農家一軒一軒聴き取りをすることでした。
最初は新手の詐欺と間違えられたり、イヌに吠えられたり、言葉がわからなかったり(寛太さんは東京生まれ)と、最初は苦労の連続だったこと。
信用されると、逆に歓待されて話が長くなり、117戸の聴き取りを終えるまでに半年かかったこと。
地道な作業だったけれど、聴き取り調査によって、大迫のぶどう農家が「超高齢化」で、多くが後継者がいないことが浮き彫りになりました。でも、どの農家もぶどう作りにプライドを持っていることも。
大迫町の人々に溶け込むため、ちんどん屋の「早池峰一座」のメンバーに。白塗り化粧もいとわず、次第に町民に馴染んでいったこと。

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「早池峰一座」のコスチュームで。最近はサックスを練習してるそう。
(「ぽらーの花巻」より)
「あんどん祭り」では、「上若組」に所属し、着任してすぐ山車作りに関わったこと。
今年「地域おこし協力隊」の任期を終え、随分迷ったが「その後のぶどう を見たい!」と、新たに「花巻市集落支援員」という役職で花巻市大迫総合支所の職員になったこと。
外川目の桝沢に家と10Rの畑を借り、今年5月からぶどうを栽培を始めたこと。
つまり、本格的に寛太さん自身が「ぶどう農家」になったのです。
花巻市の仕事をしながら、たとえば収穫時のぶどうの選別作業を一人でするのは、とても大変で、夜中までかかってしまうそう。
でも、実際にぶどうを作ってみると、単純作業も多いので、収穫の時期に、他から手伝ってもらえると、とても助かります、と。

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農業体験をする学生に収穫方法を教える鈴木さん(「ぽらーの花巻」より)
岩手大学農学部の学生たちと交流し、「ぶどう部」を作るお手伝いをし、「ぶどう部」の学生たちが大迫で農業体験するため、ブドウ農家とのコーディーネートをしたこと。
他にも都内のいくつかの大学の学生も同様にサポートしていること。
自宅を「カンタハウス」と名付け、広く開放。学生たちや、他から大迫に来た人々が交流&宿泊できるようにしたこと。
有楽町のイベントでは、講演の後、寛太さんが実際に作っているワインの原料になるブドウを試食する機会に恵まれました。どれも味が濃くて香りも素晴らしく、感動しました。伊藤さんのフレッシュチーズと一緒に大迫町のワインを飲むと、とても幸せを感じると共に、「これをなくしてはいけない!」と実感しました。他から来た寛太さんは、地元出身の私よりも、更に更に強くそう思ったのでしょう。
彼の行動力は若々しくエネルギッシュですが、お金もかかります。
有楽町のイベントで募集していたふるさと納税型クラウドファンディング(残念ながら締め切りました)や、前回の記事に載せた「ふるさと納税」は、大迫のぶどう農家を支えると共に、「カンタハウス」(外部から農業実習等で大迫に訪れた人が交流、宿泊できる場)を応援するのが目的です。

  「大迫(おおさこ)ハンパない」は、今年の流行語ですが、

大迫(おおはさま)のワインやブドウもハンパない美味しさです。
でも高齢化もハンパない。だから、寛太さんは頑張っているのです。
講演はちょっと時間オーバーしましたが、私はあえてストップしませんでした。彼に思う存分話してもらいたかったのと、ずっと司会で疲れて(前日夜中の12時までプログラムの修正作業をしていたし!)、ぼーっとしてました。
出席者の皆様は、お腹をグーグーさせていたことでしょう。
申し訳ありません。
講演が終わって、鋭い質問が2、3ありました。在京石鳥谷町人会副会長の佐藤忠男さんと、日本作家クラブ理事の梅津興三さん。梅津さんが特に危惧していたのは、寛太さんが町の中で浮いてしまうこと。「カンタハウス」だけで盛り上がらないで、若い人々と大迫町の地元の人々がよく交流してほしい、と。
本当に、その通りだと思います。
日本のワインが追い風を受けている今、大迫町の人々が寛太さんの活躍に刺激されて、他から来る人々をさらに温かく迎える町になって、ぶどう農家も元気に、ワインも益々美味しくなってほしいと思いました。

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講演が終わって、寛太さんを囲んでお話しました。一番右が寛太さん。左隣りが私の兄・村田英作(ぶどう農家でもあります)、その隣が花巻市議会議長の小原雅道さん、そして私。
乾杯。そしていくつかのスピーチがありました(字数の関係状、割愛します)。どの方も大迫に対して、とても温かいお話で、嬉しくなりました。
ありがとうございます。
お偉い皆様の後で、我が在京大迫人会の伊藤精三郎さんが登場。
彼は内川目出身の山男ですが、なんと今年「深田久弥の百名山」を踏破されたのです。最初は早池峰山。もっとゆっくり伺いたかったですね。
最後に恒例の音頭上げ。地元大迫から、そのために法被が送られてきます。今年の音頭上げ担当は、昨年大好評だった、株式会社エーデルワインの副社長・藤舘政義さん。見事な喉です。

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役員は皆前に出て、合いの手を入れます。(一番左奥が私)
次に誰かが「小栗判官!」と言いました。そして、なんと大迫総合支所長の藤田哲司さんです!こちらも負けじと、素晴らしい喉を披露されました。会場全体が温かい空気に包まれました。神田神保町なのに「あんどん祭り」の時期の大迫にいるみたいになりました。
次は合唱「みどりの早池峰」。これも会の恒例の歌です。
司会の私は兄を手招きしました。
「明日『みどりの早池峰』一緒に歌うからね!」と、前日から声を掛けていたのです。すると、なんと兄は歌詞カードと義姉が撮った早池峰山の写真をしっかり人数分用意していたのです。急いで全員に配りました。

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この絵も父が描きました。↑
この歌は父・村田柴太が町長時代、町の歌が必要だ!と思い決め、当時ビクター文芸部だった上山敬三氏(大迫出身。「港の見える丘」などヒット曲を生む)に相談して、作曲家・小沢直与志さんを紹介してもらい、作詞は父がしました。上山氏には「カタカナが多いな」と言われたそうです。ロマンチストの父らしい歌詞です。そして昭和37(1962)年に初披露されました。
今では、この曲は地元では朝のチャイムに使われています。
実家では、家族でよく歌を唄っていましたので、兄と私は一度も合わせずにハモることができました。お客様はビックリしたようです。
最後に閉会のご挨拶と菊池裕相談役(法政大学の応援団長でした!)による、エール交換。いつもながら見事です。
終わってみれば、あっという間でした。反省点は数々ありましたが、お許しください。
二次会は演歌大会でした。寛太さんも参加して、大変盛り上がりました。
大変長くなりましたが、在京大迫人会総会(在京大迫人の集い)の、ご報告でした。
皆様良い年をお迎えください。

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