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伊勢佐木町で会いました〜横浜ニューテアトルへ-終

2018年
7月30日(月)
暑さがちょっと和らいだと思ったら、まだまだ続きそうです。
もう閉館の日について書きましたが、書き残したことがあります。
5月30日(水)
エリーZさんが横浜ニューテアトルで映画「ペンタゴンペーパーズ」を観る、というので、その前に二人で待ち合わせてランチをすることにした。
彼女は、横浜ニューテアトルを盛り上げるため、小さな身体で奔走してきた。それをずっと見てきたので、閉館前に「小さな打ち上げ」をしたかったのだ。
エリーZさんは、意外にもお好み焼き屋さんを指定してきた。
「広島お好み焼き 新風亭」。広島お好み焼きの店だけど、内装は飛騨高山。現地から古民家を移築したそうで、温かい雰囲気。

Img_2866

店内は赤い色で溢れていた。偶然サーモンピンクのカーディガンを着ていてよかった!なんでもこの店は「この世界の片隅に」も応援してくれているそうだ。
エリーZさんがお店の方に挨拶している。
「映画館、なくなるんだってねぇ!」
と、横浜ニューテアトル閉館のニュースに、驚いているようだった。
お好み焼きは、お店側が焼いて、切ってあるから食べやすい。さすが本場広島。ふわふわして美味しかった!
私はエリーZさんに、小さな花束を贈った。ちょっと驚いたけれど、喜んでくれてよかった。
彼女の「マイマイ新子と千年の魔法」「この世界の片隅に」「横浜ニューテアトル」への熱い思いを、じっくり聴くことができた。
広島お好み焼き新風亭のHP
二階店舗の50年前に建造された古民家合掌造りの天井が心を癒してくれる都会のオアシスを感じさせる雰囲気を醸し出しています。
                         店のサイトの紹介文より
エリーZさんの「新風亭」の紹介ツイート

*************************
「伊勢佐木町ブルース」の歌碑の裏には、アンケートで選ばれた、横浜にちなんだ「20世紀の50曲」(曲名のみ)が刻印されている。
(50音順)(写真に撮ってもはっきり見えなかったので、メモした…)

Img_2857愛してヨコハマ   青い目の人形   赤い靴   秋の気配

 憧れのハワイ航路   あの日の船はもう来ない   雨のヨコハマ 

伊勢佐木町ブルース   海を見ていた午後   悲しき口笛

 かもめが翔んだ日   小雨ヨコハマ水町通り   サヨナラ横浜 

上海帰りのリル   飛べない鳥   ぬれて横浜   

※野毛山節(ノーエ節)   ふりむけばヨコハマ 

ブルー・ライト・ヨコハマ   ベイブリッジ・ブルース 

マイ・ホーム・タウン   ※港が見える丘  

港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ  港町十三番地   港ヨコハマ花売娘 

昔の名前で出ています   霧笛が俺を呼んでるいる 

モールイセザキ   夜霧の第二国道   夜霧よ今夜もありがとう 

ヨコハマ・シルエット  ヨコハマ・ベイ・ブルース 

YOKOHAMA HONKEY TONK BLUES

横浜Lady Blues   横浜縁日一六地蔵   ヨコハマ海岸物語

横浜懐古  横浜恋あかり   ヨコハマ恋物語   ヨコハマ港物語

よこはま・たそがれ   よこはまチャチャ   ヨコハマの雨傘

横浜の女   横浜みれん坂   ヨコハマめぐり逢   ヨコハマ物語

よこはま物語   LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜

別れのブルース

本当は、横浜の歌は100曲以上あるらしい。あの曲もこの曲も。

横浜は歌いたくなる街なんだな。

ちなみに私は「ブルー・ライト・ヨコハマ」と「よこはま・たそがれ」が好き。特に「よこはま・たそがれ」は、詞(山口洋子)が簡潔なのに哀愁があるところが。

※「野毛山節」は、映画「ヨコハマメリー」の中で横浜最後のお座敷芸者・五木田京子が披露してみせた曲。

※「港の見える丘」は、昭和22年のヒット曲。新人歌手平野愛子のデビュー曲。作詞・作曲は東辰三。

プロデユースしたのはビクター文芸部の上山敬三【1911(明治44)年〜1976(昭和51)年】。

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                     上山敬三

我が故郷・岩手県花巻市大迫(おおはさま)町出身。平野愛子、雪村いづみ、灰田勝彦、宮城まり子など歌手を育て、あきれたぼういずの最初のレコードも手がけた、音楽プロデューサー。

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「日本の流行歌」上山敬三著(早川書房)(※絶版)
大正・昭和の流行歌(「カチューシャの唄」から「有楽町で逢いましょう」まで)

上山氏は父にとっては早稲田大学の先輩で、ずいぶんお世話になった。パイプやビールの飲み方など、父のお洒落な部分は全て上山氏から教わったようだ。

昭和22年キャサリン台風で、我が故郷大迫町が尋常じゃない被害を受けた。上山氏は、「港の見える丘」ヒットの後だったので、大迫町へ東辰三、 平野愛子、竹山逸郎などビクターの専属歌手や作曲家を連れてきた。地元の早池峰文化協会が主催して「ビクターショー」が開催された。近郷近在から人々が訪れ、大変な盛況だったという。今でいう「復興支援コンサート」。その時のことは今でも語り草になっている。

その後、上山氏によって、故郷大迫町に沢山の歌が生まれた。

大迫音頭  早池峰音頭  大迫盆唄  岳川にうたう  

みどりの早池峰(父・村田柴太作詞)  大迫中学校校歌

上山敬三氏の生家だった場所は、今は花巻市大迫町郵便局に。

菩提所は花巻市大迫町の桂林寺(けいりんじ)。

横浜に通ううちに、故郷・大迫と繋がってしまった。

友人・エリーZさんに1から10まで「牛に引かれて善光寺」だったが、横浜ニューテアトルにしっかりお別れができてよかった。

懐かしい映画館たち。

三鷹オスカー、吉祥寺バウスシアター、渋谷シネマライズ…それらの映画館の思い出も突然蘇ってきて、胸が熱くなった。

これからも映画は見続けるし、また横浜も訪れることだろう。

次はシネマリンか?ジャック&ベティか?

長い映画の旅にお付き合いいただき、ありがとうございました

                                  おわり

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