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再び目黒雅叙園「百段雛まつり」へ!

2016年
2月26日(金)
まだまだ寒いです。「冬来たりなば春遠からじ」。
大好きな言葉です。お庭に植えたチューリップも寒い季節をちゃんと体感しないと花が咲かないそうです。人間もそうなのかもしれません。
今すっごく大変な方々、いつか花が咲きますよ!

在京花巻人会の広報誌に、目黒雅叙園の「百段雛まつり みちのく雛紀行」について記事を書いて下さい、と頼まれました。(おしょす〜)
取材のため、2月24日再度訪れました。
初日と違って、コート姿のご婦人方で大混雑の会場。雛祭りが近いせいでしょうか。

原稿に書いた物を抜粋します。

故郷・花巻市大迫町のお雛様が展示される、とのことで御招待を頂いた。目黒雅叙園「百段雛まつり」は今年で七回目。全国各地のお雛様が展示されてきた。今回は東北のお雛様が一同に介する「みちのく雛紀行」。会期は1月22日〜3月6日。まず初日に伺った。花巻市大迫町から関係者の方々が揃いのハッピ姿で応援にいらしていて嬉しい。
 「花巻人形」と「大迫宿場の雛まつり」のお雛様が2つの部屋に分けて展示されていた。普段は花巻市博物館に展示されている人形たちだ。
 花巻人形は仙台の堤人形、米沢の相良人形と並び「東北三大土人形」と称されている。江戸時代後期に盛んに作られた。素朴ながら人々の願いや親しみを感じる。
 『大迫町はかつて三陸と盛岡を結ぶ街道の宿場町として栄えた地です。葉タバコや絹生産が盛んで江戸や京都と取引を行っていた歴史から、江戸時代からの雛人形が旧家や商家に多く残されています』(説明文より)
 「知らなかったわ。おおはさまって読むのね。」と、説明書きを読まれた御婦人が感心していた。岩手の小さな町にこんな立派な雛人形があったことに、皆さん驚かれている様子。
 目黒雅叙園の「百段階段」の各お部屋は日光東照宮や歌舞伎の舞台を思わせる職人技を結集した贅沢な作り。人形たちも晴れがましくも緊張しているように見えた。
 階段を登りつつ各お部屋に。盛岡町屋旧暦のお雛様。吊るし飾りの繊細な手仕事が美しい
Photo
 宮城は片倉家のお雛様。福島の須賀川は松尾芭蕉が訪れた文人縁の地。戊辰戦争の舞台になった会津若松。江戸時代の俳人・市原多代女縁の亨保雛(「百段雛まつり」のポスター写真にも)が大迫町の亨保雛によく似ていた。
 「津波に耐えた大正雛」は東日本大震災で被災した大槌町の雛人形。一番胸を打たれたお人形だった。悲しみにくれた人々の心をどんなにか明るく照らしたことだろう。

 様々な雛人形たちを見て、その豪華さ道具の細やかさに驚く。それはかつて宿場町だったり豪商だったり城下町だった東北それぞれの地の豊かさであり文化を象徴している。そんな歴史を知り、嬉しく思った。
 花巻市大迫町では2月19日〜3月3日「大迫町宿場の雛まつり」が行われており、観光客で賑わっている。目黒雅叙園の展示を見た方々が一人でも多く現地に足を運んで下さる事を切に願う。
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