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りろ書房の御夫妻〜宮沢賢治の本を借りる〜2

2015年
10月11日(日)「あさが来た」がない日。
雨。本日岩手県花巻市宮沢賢治童話村
イーハトーブアニメフェスティバル」で盛り上がっているでしょう。
豪華ゲスト!ファンにはたまらない垂涎のアニメーション上映にもかかわらず
無料!!詳しくはこちら↓
http://www.city.hanamaki.iwate.jp/event/1603/p006357.html 

申し遅れましたが私今年から「花巻イーハトーブ大使」でがんす(ございます)。

花巻イーハトーブ大使は(ha)、いっぺ(沢山)いる。私は(ha)新人だ。

花巻市のアピールさ、あっちこっちでするがら、よろしくなは!。

(名刺もあるでよ)

アニメフェスについては、ツイッターで沢山つぶやきましたので、のぞいてみてください。↓

https://twitter.com/miso03167152

さて、りろ書房の川西健介さんからお借りした宮沢賢治の本

「山と雲の旅」金子民雄著(れんが書房新社)について、続き。

早池峰山を舞台と著者が推察する「マグノリアの木」と「どんぐりと山猫」について書いてますが、本日は「マグノリアの木」について。

これからは引用が多くなりますので、お許しください。

(以下青い字は「山と雲の旅」より)(以下緑の字は、その中の宮沢賢治の文章)

「マグノリアの木」という童話は、大変に短い。主人公は諒安という若者らしい人物。おそらく僧侶か修験者か、それに類した者であろう。霧のたちこめた岩峰を登ろうとしているところから、この物語は始まる。

 霧がじめじめ降っていた。(い※は旧字)

 諒安は、その霧の底をひとり、険しい山谷の、刻みを渉って行きました。

 沓(くつ)の底を半分踏み抜いてしまひながらそのいちばん高い処からいちばん暗い深いと ころへまたその谷の底から霧に吸ひこまれた次の峯へと一生けんめい伝って行きました。

(中略)

この山(早池峰山)に登るには、大迫(おおはさま)の町を通って岳部落を抜け、河原坊にとりつくのが一番一般向けのルートである。巨石がごろごろころがっている河原坊から、早池峰山の岩峯が見上げるようにそそり立ち、樹木限界もここまでである。

 賢治はよくこの早池峰山に登りに来た。にぎやかな彼にしては珍らしく、いつも1人でやって来た。この山は修験者の道場のある霊山であり、聖域でもあった。これからにしても彼の登山は、明らかに単なる山登りという目的以上の、はるかに宗教的思索の旅であったのであろう。早池峰山登山のためはるばる岳川の深い渓谷をつめて河原坊まで登って来た賢治は、この石の河原で一晩野宿をした。このときの体験が、きわめて宗教的色合いの濃い「河原坊(山脚の黎明)」という詩になって残されている。

ここから金子氏は、「河原坊」の詩と「マグノリアの木」の童話を対比して読んでいく。

1 その印象がきわめて類似していること

2 2作品を続けて読むと、連続した作品としか思えない

3 同じコースを実際たどると、印象がそのままである

ことから、やはり「マグノリアの木」は、早池峰山を舞台にしているのでは、と推察している。

 
 河原坊は名からして陰気くさいが、実際、とても気の晴れるようなところではない。霧が多いので、樹木の幹も腐って汚れて黒い。海抜高度がちょうど1000メートルぐらいなので、天候は変り易く、曇るとすぐ霧が立ちこめる。
 諒安という主人公は、岩峰をよじ登りながら、

もしもほんの少しのはり合で霧を泳いで行くことができたら
と、果敢(はか)ない願望をもらしているが、「河原坊」でも、夢境の中で、

わたくしは また 空気の中を泳いで
と、同じ表現が使われている。

(中略)
 諒安は、この困難な登 に続けてこうも言っている。
全く峯にはまっ黒の ガツガツした巌が冷たい霧を吹いてそらうそぶき折角いっしんに登って行ってもまるでよるべもなくさびしいのでした」「それから谷の深い処には細かなうすぐろい灌木がぎっしり生えて光を通すことさへも慳貪(けんどん)さうに見えました」
と。これは短い条りなので、どうにでも解釈できそうであるが、わたしの早池峰山登山の体験と酷似している。「黒のガツガツした巌」もそうであるし、そんな山腹から下の方をのぞくと、これまでたどって来た深い谷には灌木が一面に生い繁り、気味の悪い世界を現出している。

(中略)

 諒安は、疲労のあまり倒れたまま、いつかまどろんでいた。その夢現つの中で、不思議なささやきを聞いた—いまいるこれがお前の世界であり、本当は、これこそお前の景色なのだ、と。そしてさらに、

「これはこれ/惑ふ木立の/中ならず/しのびをならふ/春の道場」

という声を聞いた。ここでまた賢治は、詩「河原坊」で書かれる、幻聴・幻覚・幻視の繰り返しをやっているようだ。この「河原坊」については、小沢俊郎氏が「暁谷の幻覚」と題した論考の中で詳細に論じられているので、わたしには何ひとつ付け加えるものがない。

長い引用になりました。この後金子氏はマグノリアの花=木蘭(もくれん)〜モクレン科のコブシの花。コブシの花なら花巻の市木であり、珍らしい花ではない。しかし、さらにその花はホオノキだったろう、と言いきっている。

実際どうだったのだろう。

我が庭にはコブシもホオノキもあったので思い返してみた(自慢)。

どちらも厚地の真っ白いハンカチをフワッと広げたような優美な花だ。

3メートル近い真っ直ぐな木のてっぺん近くに、1つか2つ3つ。

早春に誇らしげな旗のように咲くコブシ。

わさわさと咲く梅や桜よりも、優美で胸打たれたものだ。

ホオノキは、それよりさらに大きい.。

残念だが、我が家の木は裏庭にあって、殆ど忘れられていた。

たまに見かけるといつも盛りがすぎて少し茶色がかっている。

ホオノキは、花よりも葉っぱの方が色々用途(ホウ葉味噌など料理や器として)があるので、存在感がある。

私はコブシの花に一票!

参考に花の写真を見てみましょう。

Photo_2

マグノリア

モクレンの花↓
K-SOHYA POEM BLOG
夕光にあからさまなる木蓮の花びら厚し風たえしかば・・・佐藤佐太郎

http://poetsohya.blog81.fc2.com/blog-entry-2956.html

コブシの花↓
愛のことば「こぶしの花」

http://mimi0726.at.webry.info/200603/article_2.html

ホオノキの花↓
母に捧げる花「ほおのき」

http://frigiders.exblog.jp/18850035/

どの花も厚みのある白い大きな花弁をつけている、同じ仲間ではあるようだ。また、歌心を刺激する、ところも共通しているようで。

私はどれでもいいような気がするのだが、賢治研究者の皆さんはそうもいかないのでしょう。

賢治さんは晩年何度も早池峰山に登っている。それも亡くなる前に登っている、というのが意味ありげで興味がそそられる。

金子民雄氏は春を告げる花「マグノリアの木」の項を、こうしめくくっている。

早池峰山といえば、わたしはむしろ明治二十七(1894)年、フランスの宣教師フォーリーによって発見され、のち新種となったハヤチネウスユキソウの産地として、なつかしく思える。

Photo 宮沢賢治と早池峰山。

どうやら、とんでもない深い森に入り込んでしまったようだ。

(バッサバッサ←草を分け入っている音)

つづく

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