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そういえば、陸前高田ジョニーは?

2011年

3月25日(金)
NHK連続テレビ小説「てっぱん」が、地震で中断している間に、一番のクライマックスを迎えていた。
ところで、いつも思うのだが、
なぜNHK連続テレビ小説の主人公は2人(以上)の男性に好かれるのか?

く〜!うらやましいぜよ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一昨日、その後の地震状況を確認するために岩手花巻市の実家に電話をした。
家をしっかり守っている長兄と話をした。

兄「電気は、通ったからいいけど、ガソリンと灯油がなくて、行列だ!
 お風呂は(子ども)3人いっぺんに入るように工夫してる。
 それより、東京23区の水が大変らしいな。」

私「え?」

兄「ニュースで今やってるよ。金町浄水場からヨウ素が検出されたって。」

なんと岩手の兄に東京の水の心配をされる情けなさ。申し訳なさ。
私の住んでいる所は違う浄水場(東村山市)からの水を利用しているので、
今回は関係ないのだけれど、じわじわとこちらにも放射能が迫っているようでこわい。

私「あ!そういえば、陸前高田のジョニーは?」

兄「ジョニーは、盛岡(開運橋)に移ってるから大丈夫だ」
私「あ、そういえばそうだった。なんか雑誌(Jazzが聴ける店特集)に載ってたね」

「陸前高田のジョニー」は、Jazzファンならば、知らぬ人はいない「日本人のJazzを応援している」Jazz喫茶です。聴く人よりも、有名無名の日本人演奏家を応援しているのです。
大変小さな店ですが、ここで様々な伝説的なライブが行われました。

数年前お盆で帰省した折、トランペットを吹いていてバンド演奏もしている長兄が自慢げに言いました。

兄「ジョニーで穐吉敏子さんのライブがあって、みんな(Jazz仲間)と行ってきた〜!!
 いがった〜!(すごい自慢げ)」

穐吉敏子さんといえば、日本を代表するJazzピアニスト。なぜ、ジョニーに?
実は店主の照井さんと穐吉敏子さんは、長年親交があるそうで、照井さんがジョニーの道を決めたのも、穐吉さんの「ロング・イエロー・ロード」だということです。

その辺の詳しいくだりは、Jazz & Live 開運橋ジョニーのHPで↓
http://www.johnny-jazz.com/

1度だけ陸前高田のジョニーに行ったことがあります。

もう、20年以上前のことです。
たまたまお盆か、正月か忘れましたが、実家に帰っていました。
珍しいお客さんがみえました。従兄弟の父上の会社に勤める女性2名です。
大変快活なお二人で、バッグパッカーのような自由な雰囲気をまとっていました。
これから、彼女らは出張先の牧場に向かうという。
何故か私が誘われて、彼女たちの仕事先に付き合うことになりました。
(珍しい客人が来ると、一番暇で好奇心が旺盛なせいか、なぜか私が担当することになります)
従兄弟の奥様の父上の会社は、羊毛で上質の敷き布団を製造販売していて、その原料である羊(顔が黒いのとか)を岩手の牧場で育てているのです。
私は彼女らについていって、その牧場で、ヨーロッパにしかいなさそうな顔の黒い羊などが放牧されているのを見学しました。まさに「ハイジ」の世界です。
その晩は牧場近くの社宅に泊まりました。
小さな和室には様々な羊が一同に会したポスターが張ってあり、敷き布団は、その会社で作られている高級羊毛布団でとても温かでした。

その晩(だったか翌日)、私は初めて彼女たちに連れられて陸前高田へ行きました。
「田舎」(いなか)という居酒屋です。
新鮮なお魚が塩焼きでどんどん出てきます。秋刀魚まるごととか、アジまるごととか、次々と入るのです。おいしくておいしくて。
カウンターには透明のアクリルケースに入った、お米の粒がありました。
それは、日本酒の原料のお米の見本で、だんだん磨かれて磨かれて洗練されたお酒になる課程を見るようでした。
私は、その当時大学生だったのでしょうか?とにかくもう成人していたのでしょう。
初めて磨かれて磨かれた大吟醸のお酒というものをいただきました。
「水みたい!!」
お酒って、臭いイメージばかりでしたが、こんなに美味しいんだ〜。
その時飲んだ日本酒の味は忘れられません。まるで、早池峰山の麓の岳川の水のようでした。

そして、私は彼女らに連れられて、初めてあのジョニーへ足を踏み入れたのです。
狭い店内に比率がおかしいんじゃないか?と思われるほど巨大なスピーカーがまず目に入りました。そのスピーカーは、店主の照井さんご本人がバージョンアップさせた特注ものなそうです。
特大スピーカーから響き渡る洗練されたレコードの響き。
普段の家庭用のスピーカーにはない迫力。目の前で演奏されているような臨場感。
そのスピーカーについて、いつかタモリさんが雑誌にコラムを書いていました。

照井さんのスピーカーへのとんでもないこだわりについて。

今は盛岡開運橋へ移っていて、ジョニーは助かった。
元のお店はどうなっているんだろう?
津波で流されたのかしら?それとも、移転と同時になくなっているのかしら?

とても気になるところです。

地震が落ち着いて実家に帰った時、ゆっくり盛岡開運橋ジョニーでJazzをしみじみと聴いてみたいものです。

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コメント

陸前高田市のジョニーは、照井さんの元奥さんが経営されていました。3月11日までは!
ジョニーは『盛岡に移った』のではなく、『盛岡にも開店』したんです。
あの愛すべきお店は津波に飲まれて跡形もありません。

ジョニーのファンさん、こんにちは。
ジョニーがどうなっているのか、調べてもわからなかったので・・・
元奥様が陸前高田の方は守っていたんですね。

でも、あの津波で流されてしまったんですか。

すみません。
知らなかったとはいえ、軽々しく書いてしまい
申し訳ないです。
とても残念です。
教えていただき、ありがとうございます。

陸前高田に先日行っていたものです。陸前高田のジョニーは、仮説店舗での復旧を目指しているとの事です。音響機材等、これから支援に向けて様々なアーティストと協力していきながら、活動をしていく体制を作っていっています。

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