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「カラフル」の舞台を訪ねて〜3

9月15日(水)
ぐっと涼しくなって半袖ではひやりとします。
やっと「秋物」に手がのびそうです。

shine
「カラフル」の舞台を訪ねて〜3
9月12日(日)
ここは世田谷区鎌田あたり。
奇妙な家を発見しました。
Photo SFっぽいというか、工業製品のような外観。中はどうなっているのでしょう?
吉沢橋に着きました。
Photo_2 野川の上に架かっています。
Photo_3 砧線の往事を偲ぶレリーフが。
そばに近年完成したプレートがありました。
Photo_4
字が細かいので、メモしてきました。
玉電と吉沢
野川を渡る吉沢の鉄橋風景 昭和36年(玉電・砧線)
JTBパブリッシング刊 
JTBキャンブックス

「玉電が走った街 今昔」より転載 提供者 関口克孝

この橋は関東大震災直後1924年(大正13年)玉電・砧線の開通に合せて架けられた鉄道橋でした。砧線は、現在の二子玉川駅と砧本村(きぬたほんむら)を結ぶ2.2kmの路面電車で、人々の通勤・通学手段としてだけでなく、関東大震災復興のため多摩川の砂利を都心方面へ運般するため大きな貢献を果たしました。しかし、その後車社会の到来とともに路面電車は姿を消すこととなり、1969年(昭和44年)玉電は世田谷線を除き全線廃止となりました。廃止後は道路橋として世田谷区に移管され今日に至っています。この度野川の河川改修に合せて上流の吉澤橋と新吉澤橋を統合し、新しい吉澤橋に架け替えました。

平成19年3月

「古い物って好きなの?」
「無くなったものも、俺とかが興味を持てば、ちょっとだけよみがえるじゃん。」

                                           (映画「カラフル」より)

砧線をたどるくだりは、原作にはありません。原恵一監督は、自分もその近辺に住んでいたこと、「玉電開通100年」の展示を三軒茶屋で偶然見たことから、この場面を導入することにしました。私はなぜか主人公と友人の早乙女くんがたどってゆくうちに、なぜか涙が止まらなくなってしまいました。まさにダムが決壊したみたいに。

Photo_5 吉沢橋から野川をのぞむ。
つづく

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