2010年
6月8日(火)
マンガ「バガボンド」を描く「井上雄彦最後のマンガ展」at仙台について。
ブログでどんな風に報告するのが一番よいのか?と、ここ数日考えてきました。
故マルセ太郎が映画(例えば「泥の河」)をまるまる一本語ったように「言葉」でこの展覧会をまるまる語る、という案もありましたが、それには自分に技量がなさすぎるし、時間もない。
それで、井上先生への手紙、という形で表現することにしました。
井上雄彦様へ
仙台。私は岩手出身なので同じ東北として馴染み深い土地です。
マンガおたくの子どもと共に「最後のマンガ展」を訪れました。
日にちと時間を指定されていたので、会場はとても静かで快適でした。会場に一歩足を踏み入れると。闇。そこに小さな絵がぽっと浮かび上がっていました。幼子の顔。
生まれたての武蔵?
そして暗い通路を静かに進むと・・・縦150㎝はあるでしょうか?大きな武蔵が直立しておりました。そのタッチは水の少ない筆でこすったような、荒々しいものでした。
それは今まで見てきたマンガでは感じたことのない、激しい立像でした。
筆を我が物のように自由に操っている井上先生。しかし、これほどとは!まさに、その武蔵像は我々の横っ面にカウンターパンチを浴びせたのであります。
静かに絵を追ってゆきました。一枚の絵もあります。コマ割りの絵もあります。筆と墨の絵と漫画らしいペンの絵が違和感なく混ざっています。私が驚いたのは、筆よりもむしろペンでした。陰影をつくる「描きアミ」の緻密さ(特に森や岩の表現)。
このような土台があるから筆になっても破綻しないんだな・・・と、先生の描写力の揺るぎなさを、あらためて感じました。
そして、最初はわかりませんでした。一枚一枚の絵。それらが繋がっていることに。ストーリーになっていることに。
全体がマンガになっていることに!
あぁ、すごい。井上先生はこれを展覧会でやりたかったんですか。マンガという、「絵」に「言葉」がつき「物語」になって、人を楽しませる媒体。これを、広い会場で「体感」してもらいたいと。なんと、贅沢な。
一枚一枚の完成度が高くて、それを楽しむだけではなく、一歩一歩進むと、そこに考え抜かれた「言葉」が置かれ、武蔵やそれをとりまく人の「気持ち」がわかる。「物語」に心が震える。
「マンガって、そうなんだ。」
なぜ、マンガは面白いのか?マンガって何なのか?それの答えを井上先生は私たちに示してくれました。
物語は、晩年の武蔵が碧眼の青年の訪問をきっかけに、様々な「問い」に自ら「答え」を見つけていく、という流れになっています。
「強いこととは?」「剣で人を殺めてきた自分とは」「死とは?」・・・どれも重い「問い」です。私たちは、武蔵に寄り添いながら、1つ1つ「答え」を待つ。でも武蔵の「問い」には井上先生の「問い」が隠れている気がしました。
「漫画とは?」「絵を描くこととは?」「絵と漫画の違いは?」
1枚のタブローの感動とは違い、漫画の感動はコマ割りやセリフなど複雑な要素が絡んで1つの感動がある。どちらが上でも下でもないのだ。
私は、ある本で萩尾望都さんのインタビューを読んで悲しい気持ちになりました。
御両親、特に母上がなかなか「漫画」を評価してくれず、「メッシュ」を描いていた時期にも「もう有名になったんだから漫画はやめたら?」と言われた、というくだりに。
これだけいい作品が生まれ映画化ドラマ化されても、相変わらず漫画への世間の評価は低い。どれだけ日本画や油絵が偉いのでしょうか?!1枚の絵で人を感動させられる画家がどれほどいるでしょうか?!
井上雄彦の絵を、この一連の流れを体感してみろ!
と、声をからして叫びたいです。
会場で感じたのは、若い人が多いこと。少なくとも、漫画は若い世代に響くのだな、と。
彼等は、ずっと漫画「バガボンド」を読んできたのでしょうか。「スラムダンク」のファンなんでしょうか。私のように井上雄彦の「絵力」を体感したくて訪れた人もいるでしょう。
そんな理解者にとっても、この展覧会はいい意味でショックだったと思います。想像を絶しました。
物語は、死を予感した武蔵が懐かしい人々と再会してゆきます。

晩年の武蔵の心に塊のように丸く膨らんだトゲの玉。縁の人と対話することで、そのトゲが1本1本抜けてゆく・・・その過程が、この「井上雄彦最後のマンガ展」のクライマックス。
胸がいっぱいになって言葉が出ませんでした。それは、観ている私たち自身も武蔵になって「心のトゲ」を抜いてもらったような、不思議な感動でした。最後は涙が溢れてきました。
さて、このブログの絵は当日購入したカタログ(上野の森美術館であった時の)からの抜粋です。
後半に書かれてあった舞台裏を読んで、再び衝撃が走りました。
多忙な井上先生、この展覧会の作品をなんと1ヶ月で全部描き上げたと!
プシュ〜・・・
先生、神ですよ・・・。家に帰ってから、自分の描いた絵を見ました。障害のあるMさんの似顔絵。殆ど完成した絵でしたが、下手すぎて泣きたくなりました。この絵はひどい。描き直すことにしました。
いつもは3時間くらいでちょちょいと描き上げる似顔絵ですが、今回は「井上ショック」のお陰で、1日手がつかなかった。「こんなに下手なのに絵を描いてもいいのか?」と、自問さえしました。でも、先方の催促もあって、また再び線を引き直し、なんとか描き上げました。
渾身の作になりました。井上雄彦から熱をもらえました。
似顔絵は、モデル御本人も、スタッフも皆さんとても喜んでくれました。
ありがとうございました。私も絵で人を楽しませる活動を続けていける気がしました。
先生も、お身体に気をつけて、これからもいい漫画を描き続けてください。
私は「リアル」も楽しみにしています!