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久世光彦とドラマ「向田邦子スペシャル」

 ふと手に取った雑誌「東京人」。表紙の写真は向田邦子と久世光彦。特集は「昭和の東京」です。
 「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」などの伝説のドラマでタッグを組んだ名コンビであり、同じ「昭和の時代の東京」を知っている(妹の向田和子さん曰く)「大人になって出会った幼なじみ」の二人。

 久世さんは向田さんのことを姉のように慕い、二人で本や映画、戦前の東京の暮らしなど話し始めると、話題がつきなかったとか。

 うらやましい関係です。

 それだけに、久世さんが向田さんを失ったショックは、相当なものだったのでしょう。

 向田さんが飛行機事故でこの世を去ったのは昭和56年8月22日。

 久世さんはその翌年の新春ドラマ「春が来た」(松田優作出演)を皮切りに、

「向田邦子スペシャル」ドラマを、20年も作り続けます。

 それは、1年に1回お正月に放映されるドラマ。

 お正月のあらたまった気分にこの「新春スペシャル」は、とても合っていました。

 最初の3本くらいは向田さんの脚本そのままでしたが、だんだん向田邦子の残した原作を元にした、久世さんのオリジナルになります。(たぶん脚本は筒井ともみさん)

 向田邦子の世界を誰よりも愛していた久世さんがつくるドラマ。どこからみても「向田邦子のドラマ」でした。

 その中でも私は「終戦記念」ドラマが好きで、よく観ていました。

 必ず舞台は戦前の東京。縁側がある、懐かしい家。女ばかりの一家です。

 常連は加藤治子、田中裕子、岸恵子、戸田菜穂、後に田畑智子も加わり、「久世さん好みの俳優」が出演していました(彼女たちの演技は、本当に観ていて安心できます)。

 そこに小林薫や四谷シモン(あの人形作家の)などがからみ、小さなドラマが起きます。そうそう、たまに内田春菊も出演してました。久世さんは味のある人を使うのが実に上手です。

 語りは、いつも(向田邦子と親しかった)黒柳徹子です。静かな音楽と黒柳徹子の語りが、このドラマの基調をなしていました。

 時代設定は戦前、戦中・・。厳しい時代のはずですが、「向田邦子スペシャル」は、

軍人さんと姉妹の恋などが描かれてはいても、他の「戦争ドラマ」に比べると、わりとのんきです。それよりも、つつましく、(戦時中でも)楽しく日々暮らしている一家のディティールを描くことに、心を砕いている気がしました。

 言葉使いや、心持ちや、服装、年中行事(必ずお正月の風景が入ります)など、もう今は見られない「よき昭和」が残っているこのドラマは、いつ観ても懐かしい気持ちがしました。

 久世光彦さんが亡くなって、このドラマがもう観られないかと思うととても寂しいです。

 向田邦子さんは、シナリオでも小説でも、今ではあまり使われなくなった言葉(半死語)を、とても大事にしていました。

 「時分どき」「冥利が悪い」「気働き」「ご不浄」「辛抱」「到来物」などなど。私の母も彼女と同じ昭和4年生まれですが、そういう言葉はあまり聞いたことがありません。東京言葉もあったのでしょうか。そのせいか、私にとってそれらの言葉はとても「新鮮」です。

 さて、最近出たマンガ「あさって朝子さん」(伊藤理佐 作/マガジンハウス)

 このマンガに出てくる「橋本さん」も、ちょっと古い言葉を使うようです。

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